カタルーニャ セオ・デ・ウルジェイを中心に

アラン谷地方からボネギュア峠を下り、前回はイシルという山村まで紹介した。   今回紹介するエリアは、東に1つ峰を跨いだ山里からのスタート。さらに幾つかの峰を越え、川を下り、中心の街は司教座が置かれているセオ・デ・ウルジェイである。この間、現在はバルセロナの国立カタルーニャ美術館に展示されている、壁画や祭壇前画が描かれていたロマネスクの教会が多く点在している。

地図上の赤い印をクリックすると、教会名が分かります

Iglesia Santa Maria D'Aneu

イシルからC-13号線に戻り、川沿いのワインディングロードを駆け下りると、  Esterri  D'

Àneuの村がある。かなり道に迷ったが、村外れの農場の母屋に隣接する形で、この教会はある。牧草の刈り入れに追われるように大型トラクターの轟音が響き渡っていた。教会の管理は農場とは別のようで鍵は開いていなかった。この教会に上の壁画があったということだ。9世紀の建設とされているが、確証はないようだ。15~16世紀に3身廊から単身廊に変更され、この後に、壁画の移動が行われたという。翼に多くの眼を付けたセラフィム、ロマネスク的には貴重な天使図であるが預言者イザヤ(右端の人物)と共に、いまはカタルーニャ美術館を安息の地としている。

Sant Pere de Brugal

上と左の壁画は現在カタルーニャ美術館にある。構図を単純化することで、力強さをみせ、黒と朱、黄金の色使いも巧みだ。左も預言者イザヤである。一つ前で紹介したEsterri D'Àneuのイザヤと同じ人物に見える。聖人たちの筆致にも似たものがあり、距離的にも近く、描き手は同じ人物に思われる。同美術館で連続する壁画群を見ても、このドーム壁画の出来栄え、存在感は高得点である。 

Esterri D'Àneuから川沿いに南下、夕刻にEscalóという小さな村に着いた。この教会跡は、ガイドツアーでなければ内部は見学できないとのことであったが、最終ツアーは終わっていた。外観だけでもと思い、川沿いのトレッキングルートを進む。徒歩で30分程だが、最後の5分程の上りがきつい。ゲイトは開いていて、敷地内には入れた。後陣方向からは無傷に近いシルエットを示し、ロンバルディア帯もしっかり見える。教会内の壁画の複製画等もガラス越しに少し望めるが、夕日の乱反射が激しく、写真が撮れる角度は少なかった。辺りに人の影もなく、怖くなるほどの静寂、シャッター音だけが響く。

Santa Maria de Ginestarre

C-13をさらに下り、Lavorsiという村から峰違いのCardósの三つのロマネスクを目指す。最初に、頂上近くのSanta Maria de Ginestarreまで上った。急な斜面に集落があり、入口近くにこの教会があった。かなり上ってきたらしく、辺りの峰々を睥睨する形になる。教会自体の保存状態はあまり芳しくなく、忘れ去られているようにみえる。模写は残されているようだが、ドームを飾る壁画のオリジナルはカタルーニャ美術館に移され、左の聖母子像はセオ・デ・ウルジェイの司教座美術館にある。さらに聖水盤はニューヨーク・メトロポリタン美術館のクロイスター分館にということだ。……何ともである。外観で見るべきものは、山のロマネスクとしての雰囲気、塔と身廊の屋根のバランスが良く、周りの山々に溶け合い、ゆったりした時間の流れを感じる。

Sant Pau D'Esterri&Santa Eulàlia d'Estaon

Santa Eulàlia d'Estaon

Santa Maria de Ginestarreから1分も下ると、緑の中に同じような塔を持つ、Sant Pau D'Esterriの教会が望める。身廊部分がやや長めで、胴長感があるが、二つとも形がよく似た教会である。ここのドーム壁画もカタルーニャ美術館で見ることができる。上の2枚だが、たてがみがあるので獅子(マルコ)か、書を抱えている。大天使ガブリエルとミカエルも見え、 中央聖職者には、聖パウロ、聖ヨハネ、聖バルトロメオ等が並ぶ。また、彩色がはげ落ち、表情などが見にくいが、キリストの昇天と12使徒を描いたと思われる祭壇前画もここのもので、やはりカタルーニャ美術館に展示されている。

同じ発想の壁画ながら、聖人たちの描き方に違いがあるドーム壁画が真向いの峰のSanta Eulàlia d'Estaonにもある。上写真の5点目はそちらのドーム壁画である。キリストの足下に書を持つ獅子を配しているところはEsterrのものと同じである。Santa Maria de Ginestarreといい、ここといい、Cardósの山深い小さな村々に何故、このような見事な宗教壁画があったのか、ロマネスクへの想いをさらに膨らませる地でもあった。

Santa Maria de Ribera de Cardós

山を下りきった町がRibera de Cardósでサンタ・マリア教会がある。ちょうどミサの時間で、内部に入れたが、自由に動き回ることが、躊躇われた。柱頭など面白い意匠をしていたものがあったが、残念ながらであった。外にはケルトを彷彿とさせる広場の十字架、鐘楼と後陣のロンバルディア帯にロマネスクらしさが覗えたが、特にファサードの三連のアーチ飾りに、単純ながらロマネスク・デザインのおしゃれ感がある。 

Monestir de Santa Maria Gerri

CardósからN260号線をノギュエラ・パラレサ川沿いに南下、緑深く、快適なドライブが続く。リゾートの街Sort(セオ・デ・ウルジェイへの分岐がある)を過ぎ、さらに進むと崖が迫り、道が曲がりくねる。やがて、Gerriの村が急峻な斜面に張り付く形で姿を現す。目指す修道院は川の反対側で、徒歩で渡る石積みのロマネスク橋は街の中心にあるが、車で渡るには、10分程の迂回が必要である。遠景からは村の家々とのマッチングもよく、壮麗さをうかがわせる建物だった。近づけば、その大きさに圧倒される。さらに大きなドーム状のナルテックスもあり、堂々たる構えながら、飾る柱頭彫刻が崩れ、風化も激しく原型を留めていなかった。ファサードの彫刻類も同様であった。中に入れば、別世界が待っているようだが、残念ながら鍵がかかっていた。敷地内に、墓地などもあり、現在も集落の生活に欠かせない信仰を集めてはいるように思えたが。

Covet Iglesia de Santa Maria

さらに南下し、1時間ほどでTrenpに到着。ここでN260号線と分かれ東進、山越えをする。途中で寄ったのがCovetであった。このファサードのタンパンや柱頭は彫刻の質が高く、見たかったものの一つだが、修復中であった。それでも後陣に回ると持ち送りの彫刻を楽しむことができた。多くの動植物があるが、人間の顔、頭の表現が巧みで、寓意的である。見ざる、言わざる、聞かざるに通じる表現から、本能的な欲を表すものまで、やはりロマネスク彫刻の芸術性の高さを窺わせるものが多くを占めていた。修復後の再訪を期したくなる教会の一つであった。

Sant Esteve d'Abella de la Conca

次に向かったConcaはご覧の険しさであった。断崖絶壁に貼りつくように十数件の民家がある。その頂上付近にエステバンの教会が見える。岩山また岩山と続く、このロケーションを見るためだけでも、ここに来る価値はある。標高は975m。教会は11世紀の創建とされる。三つの後陣を備えた見事なロマネスクの教会である。壁画等があるが、中心はゴシックのもので、現在はセオ・デ・ウルジェイの美術館でみることができる。

Sant Climent de Coll de Nargo

Concaから狭く、急カーブの続く厳しい峠道を越え、緊張が緩んだ頃、現れた街がここである。街の入口の公園のような広場にサン・クレメンテ教会はある。周りの山々と同化したような色合いの石積み教会で、武骨ながら、裾広がりの鐘楼を持つ。実はこの鐘楼に時代の重なりをみることができる。下の窓の形は馬蹄形で、モサラベ様式を示し、上はロンバルディア帯を伴ったロマネスクの窓が付けられている。ここも鍵は開いていなかった。外見からは単身廊に半円形の後陣が付けられた単純な構成にみえる。ファサード、鐘楼共に軒の影で見にくいが綺麗なロンバルディア帯で飾られていた。

Seo de Urgel Catedral Santa Maria

セオ・デ・ウルジェイ大聖堂の回廊である。スケールと美しさ、保存状態において一級である。昨年の夏に訪れたときは、フェスタの日で、巨人行列や人間の塔などの催し、手づくりチュロスの屋台などが人気を集めていた。

ドーム壁画と祭壇前画の写真は、カタルーニャ美術館で撮影したオリジナルのもの。大聖堂付属の美術館には、近隣の教会の壁画や聖母子像がたくさん展示されているが、そもそも聖堂オリジナルの壁画はバルセロナに収蔵されている。なんとも不思議な話しながら、それでも回廊の柱頭彫刻群と聖母子像の陳列に心奪われる。棟続きにサン・ミケル教会があり、聖堂美術館と同時に内部の見学ができる。こちらは初期ロマネスクの様式を正確に知るための教会として貴重なもので、整然とした半円形の石積みの後陣にロマネスクが宿る。ここの聖堂美術館のもう一つの見ものは、『ベアト写本』である。厳重なガラスケースに収められ、2ページを眺められる。この日は絵もなくあまりカラフルなページではなかったが、見ることができた。さらに出入り口の売店では、この写本のデザイン豊かな幾つかのページのファクシミリ版を販売していた。色使い、人物表現などスペイン・デザインの源流を見る思いだ。

セオ・デ・ウルジェイの祭壇前画だが、カタルーニャ美術館でも別格である。荘厳のキリストと見つめる12使徒。朱を基調にした色使い、使徒たちの覗き込むような表情、その目力、二重の光背に浮かぶキリスト、シンプルな構図ながら、使徒たちのキリストへの崇敬の念が素直に伝わる板絵であった。

Santa maria de Mosol

上の祭壇前画もカタルーニャ美術館にある。赤と墨の色使い、構成力、なにかユーモアを感じさせる人物表現、気に入ってしまった。宗教からでなく単にロマネスク美術に憧れて、各地を回っている由縁か。

“この祭壇前画はどんなところにあったのだろうか”  今回のロマネスク旅のきっかけにもなった。Mosol集落の外れにこの教会はある。残念ながら、鍵は開いていなかった。外観からは見事な後陣が印象に残るサンタ・マリア教会ではあったが、憧れが強かっただけに、ここは是非にも内部を見たかった。

Sant Andre de Baltarga

続いて、この祭壇前画も現在は、カタルーニャ美術館にあり、下の2枚の壁画はセオ・デ・ウルジェイ美術館で見ることができる。月と太陽を表す寓意が込められこの壁画は祭壇の入口近くの柱に飾られていたらしい。2枚共に何故の嘆きか、昨今の厳しい気候変動を体感している身としては、気になる絵柄ではあった。教会があるBaltargaの集落は小高い丘にある小さな住宅街で、あまり特徴的なものはない。Mosolからは10分ほどの距離。教会の外観は壊れたままのところも多く、見た限りでは、これといったロマネスク的特徴がある訳ではないが、扉口を飾る石積みの意匠に、多少のらしさをみることができた。

Església de Sant Quirze de Pedret

この聖堂、公開日が土・日曜日と8月に火曜日が追加されるという変則のため、行きづらく、2回目に内部をみることができた。目的は左の壁画と賢い乙女と愚かな乙女の壁画である。左の壁画はなんとも奇妙な絵柄である。オリジナルはソルソナ司教座美術館で見た。説明では“The Orant(祈る人)とあるが、人物はキリストか、全能の神か、周りの円は宇宙か、地球か、奇妙な存在感が目に焼き付いた。ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図に通じるものを感じる。現地にも模写があり、どのような形で、この絵柄が飾られていたかがわかる。窓を挟んだ、対象の一つで、もう一つ“The Knight”とありラクダに乗る騎士と思われるオリエンタルな絵柄だが、こちらも謎だ。もちろん、研究者にはわかっているのだろうが、自分なりの謎解きをするのも、ロマネスク旅の楽しみの一つではないか。下は愚かな乙女の壁画である。上から順に、現地の模写、ソルソナの模写、カタルーニャ美術館のオリジナルである。ソルソナの模写にどのような意味があるかはわからないが、こうして並べてみると、壁画の劣化の過程がわかるようで、興味深い。この小聖堂へは車を降り、徒歩で、石積みのゴシックのアーチ橋を渡る。弧を描く優美な橋の形がよく、なにか、渡ればロマネスクの時代にタイムスリップをさせてくれそうな雰囲気を楽しめる。さらに緩やかな上りを15分程進むと林を抜け、岩山の中腹に、目指す聖堂が姿を現す。

Santa Maria d'Avià

思わず、息をのんだ。射すくめられそうなマリアの瞳だった。明らかにビザンチンの影響を感じる板絵であったが、これもカタルーニャ美術館にある。受胎告知、ご訪問、生誕、マギの礼拝、洗礼、キリストの生涯を語るときに外せない場面が四方を固め、マリアと幼子が中心を占める。眉間から真っ二つに走る亀裂が、逆にマリアの表情に静謐な凄みを加えている。故意としか思えないが、壮絶な対立があったのだろうか。じっと見つめるマリアの瞳に、しばし釘付けとなってしまった。教会は集落から離れ、道端にポツンと建っていた。見事な半円の後陣に比べ、荒い石積みのファサードは風雨に曝されたのか、歴史を感じさせる風化があった。

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