カタルーニャ アラン谷地方のロマネスク

前回紹介したボイ谷から230号線をさらに北上、ピレネーの山懐深く入ると、延長5㎞のビエジャトンネルに至る。スペインでは国道等のトンネルの扱いにはかなり気を遣っているらしく、とにかく照明が明るい。スピードの制限表示や車線誘導も見やすく、走りやすい。トンネルを抜ければ、アラン谷地方である。最初の街がビエジャなのだが、山のリゾートらしく、生き生きとした緑と聳え立つ山並みが迎えてくれる。この街から230号線を北へ向かえば25㎞ほどでフランスとの国境である。

地図上の赤い印が教会位置で、クリックで教会名が分かります。

Bossòst/Iglesia de la Purificació de Santa Maria

ビエジャからまずフランス国境を目指した。15㎞ほどの道のりながらガロンヌ川が削った僅かな平地沿いに道は進む。コーナリングを楽しむには絶好のワインディングロードを走り抜けると、ボソストという小さなおしゃれな街並みが見え始める。どちらかといえば、スペイン色よりフランス的リゾート感がある。事実、お店では「メルシー」の方が普通のようで、歴史をみれば、アラン谷は1800年頃までフランス領であった。この街の中心近くの広場にサンタ・マリア教会がある。周囲の山々や広場を囲む家並みと溶け合い、やさしい佇まいをみせ、建物と塔のバランスが良い。春と秋の2回訪れたが、なにか心惹かれ、飽くことなく眺め入った。北側に回れば上に掲げたタンパンがある。主題は栄光のキリストのようで、素朴さと単純化を併せ持つ荒い彫りながら、どこかユーモラスでもあり、力強さも感じるタンパンである。キリストの頭の両側には、太陽と月の表現があり、それは、クロノレター(時の主と万物主)としてのキリストを表しているとされている。中に入ればカタルーニャの衣装をまとった磔刑のキリスト、聖人たちが並ぶ櫃、端正な顔立ちの聖母子像などがあり、興味は尽きない。

Santa María de Vilamós

現地で手に入れたロマネスク案内によるとボソストからビエジャへもどる道沿いにもロマネスクが点在しているとあった。230号線から脇道に入った途端に、急傾斜、ヘアピンカーブが連続する山道となる。途中には上の写真のような山また山の風景もあり、この先に集落などあるのだろうか、と心細くなりながらソロソロと進むこと15分、ビラモスの集落が見える。20軒もあるのだろうか、サンタ・マリア教会の鐘楼が迎えてくれた。左の写真の浮彫彫刻が目当てであったが、探すのに苦心が必要だった。この教会の基礎となったロマネスク教会の彫刻をはめ込んでいるようなのだが、詳細は分からない。何のためのものであったか、想像を膨らます楽しみもあった。内部の聖水盤もたぶんロマネスクと思われるが、プリミティブな造形の力強さに、引きつけられた。

 

Iglesia de Sant Peir de Betlan

これも、アラン谷のロマネスク案内を見て、寄り道した教会である。創建はアラン谷の中でも古いようだが、その後、多くの改変が加えられている。鍵がかかっていて内部は見られなかったが、入口にアラン谷のロマネスクの案内板があり、教会自体は歴史的に重要な位置付けにあるようだ。ドームを飾る壁画等が残されているとあったので心残りとなった。外から眺めるしかなかったが、半円形の後陣や翼廊などこじんまりした佇まいながら、正統派のロマネスクを感じさせてくれた。

Sant Miqeu de Vielha

ビエジャにもどり、サン・ミゲル教会をたずねた。目的は13世紀の木彫りのクリスト・デ・ミット・アラン(Cristo de MitgArán)の彫刻である。元々は十字架上にあったものだが、打ち壊され、現在の形になった。哀しみとも慈しみともとれる表情を浮かべ、対峙すれば静寂が漂う。髪の毛、髭と肌の質感、木彫ゆえのリアリティーに感じ入る。しばらく眺めていて気付いたのだが隻眼であった。くり抜かれたものであるかは分からなかったが、その効果は生々しい。たまらい命の濃さを感じるキリストであった。

大天使ミカエルが迎える入口タンパンにはキリストの2つの場面、鞭打ちと病人の癒しの場面がある。ブシュールを飾る石像群も、日本のお地蔵様を思わせ可愛く、単純化された石造群で、主には救済を表現しているという。柱頭には眼を共有したサル顔の怪物など、宗教的な意味があるのか、現在、過去、未来を表す三位一体面であるのだろうか。刻まれた大理石の聖水盤は、上部に波状の植物の茎を配し、下には交差型アーチが飾られ、素朴さと力強さを訴えていた。

Sant Estèue de Betren

ビエジャから東に向かう。家並み続きの次の集落がベトレンである。この街には聖エステバンを祀る教会がある。ロマネスクからゴシックへの移行期を示す重要な意味を持つ教会として注目を集める。見どころは北側の扉口。狭いタンパン、ブシュールともに見事な“お地蔵さん形”の石彫が施され、ロマネスクを主張する。よく見れば、フランスの影響を感じる石彫で、繊細で、優美でもある。東壁にはここから建物を断ち切ったような跡があり、3身廊の後陣と思われるものが無理やり貼り付いたように設けられていた。内部への興味が強く湧いたが、鍵がかけられていて残念ながら見られない。建物全体が改築途中で断念して、仕方なく折り合いをつけたように見える教会でもあった。東側の壁にはゴシック様式ながら、馬に踏みつけられながら、恋人を守る礼儀正しい愛を象徴する紳士の姿を見ることができる。 。

Iglesia Sant Pere d'Escunhau

次のエスンホの集落にはユニークな姿のキリストがあった。教会の扉口を飾るタンパンにある磔刑のキリストである。これも見たかったものの一つで、なんとも愛らしいキリストである。この扉口の意匠はなかなかに質が高く、クリスモンや十字架、飾る市松模様等、そのデザイン力は、現代でも十分に通じる上品さがうかがわれる。創建は11世紀から12世紀にかけて、何度か改築を重ね、後にゴシックの影響も受けた。柱頭には人面が並ぶ。聖人のものであるか、武人であるか定かではないが、口髭、あご髭の表現に思わず微笑んだ。

Sant Joan d'Arties

ここも道のすぐ脇にある教会であったが、鍵がかかっていて中の様子をうかがい知ることはできなかった。資料では13世紀の創建とある。確かな石積みの教会で建築技術の高さを感じさせてくれる。後陣は改築があったようで、ゴシックを思わせるが、とにかく美しい石積みである。翼廊を思わせる出っ張りの内部にどのような天国が描かれているのか気にかかる教会であった。

スペインを走る際の注意点は幾つかあるが、自転車の安全確保に関してはより注意が必要だ。標識にあるように、自転車への幅寄せ禁止どころか、追い越す際の幅まで細かく決められている。郊外での車の速度が100㎞まで認められているので追い越す時の風圧等考えれば当然の措置ではあるのだが、スペインでは自転車が道路の王様といわれる由縁でもある。

Sant Andreu de Salardu

上の写真、手前がサラルドゥ、奥がウンアの鐘塔である。まず、サラルドゥの教会をたずねた。見どころの多い教会で、リゾートの人気の教会でもあり、毎日扉が開いている。生々しさを強調する磔刑のキリストが、意匠を施された十字架に架けられ、赦しの優しさに溢れていた。Erill la Vallのワークショップの作で12世紀のものといわれているが、教会は13世紀にロマネスク様式で完成している。その後、擁壁や窓、さらには天井壁画などゴシックが加えられた。

Iglesia de Santa Eulàlia

サラルドゥから峠を回り込む形でウンアの集落があるが、両集落共、チロル風のリゾート様式に統一されていて、スマートで、近代的な家並みが続く。聖エウラリア教会は少し小高くなった、丘の上にある。内部に入るには時間が決められていて、ガイド付きの見学となる。夕刻の4時に10人ほどの集団となり、見学が始まる。建物の後陣を見てから、内部に入り、説明が続くが、ここで見たいものは全員が一致しているようで、現在の祭壇裏への狭いスペースへの期待が膨らむ。左のキリストの顔壁画がそれである。実はこの顔を探すのはなかなかに苦労なのだ。天地が逆になっており、所々剥げ落ちた大きなドーム型の祭壇壁画の一部で、ロールシャッハ状態で見分けなければならない。ただ、そうして探していくうちにこの静かな優しさに溢れた表情にピントがあった時、心に染みる滋味を感じるのである。下写真の最初の顔も同じ壁画の一部なのだが、アラン谷のロマネスク教会の案内板の象徴となっている聖人の顔である。 

Iglesia de Sant Félix

ウンアの集落から、さらに上の山を目指す。べゲルクという集落にも山のロマネスクがあると聞いたからだ。雪深さを窺える、軒を低くした三角屋根が特徴的なロマネスクで、軒下には楽し気な動物たちが支えるロンバルディア帯がしっかり刻まれていた。ひび割れや、石積みのくずれなども見られ、ちょっと心配になる。内部の祭壇はロマネスクのものではないが、ほのぼのとした温かさの伝わる木製パネルの祭壇で、生活感に溢れ、なにやら心落ち着く空間であった。

ボネギュア峠はツールドフランスのコースになっていて、山登りのスペシャリストが覇を競ってきた峠である。登坂距離 13.7km、平均勾配6.1%というからかなりの急勾配で、ヘアピンカーブが連続する。カタルーニャ語で「良き水」を 意味するこの山は、山頂の湧き水を楽しみに登る登山者も多いという。

Esglesia de Sant pere de Sorp

ボネギュア峠を下りきったところに、イシルに向かう分かれ道がある。分岐をすると最初の集落がソープである。集落の中央の道が狭く、入口でクルマを降りて、歩く。両側に石積みの家並みが続く道を200mほど進むと聖ピエール教会の鐘楼が右手に見える。近年に整備されたらしく、石積みの塀や鐘楼なども整然としていた。ここには貴重な12世紀のロマネスク壁画が残されていたが、現在はカタルーニャ美術館に移築されている( 写真下段の6枚)。

Sant Joan d'Isil

ソープの集落からノガレ川沿いにさらに進む。道は狭く、曲がりくねり、山岳ルートの様相を示す。アップダウンが収まりだしたころに、Sant Joan d'Isilがカーブの先に姿を現す。あたりに人家は一軒もない。資料によれば砦の役割を担っていたらしい。ここでは南に墓地が広がり、東はノガレ川が流れている。12世紀の建物で、南面にたくさんの石彫が残されている。ほとんどが人面だが、アダムとイブを思わせるものや扉口の柱頭には愉快な形にデフォルメされた動物たちの石彫が置かれ、ロンバルディア帯の市松柄がオシャレだった。

Sant Llisser d'Alos d'Isil

Sant Joan d'Isilからさらに曲がりくねった山道を5㎞ほど進むと、Sant Llisser d'Alos d'Isilに着く。石積みの家が軒を接し、わずかな平地の広場に教会はある。いまはバロックながら、南側の扉口を飾る石彫群は12世紀のロマネスクとみられている。柱頭はSant Joan d'Isilの彫り手と同じようで、ユーモアたっぷりの人面が並ぶが、解説によれば悪人や獣への批判を表しているという。また。ドアの両側には、腕を組んだ微笑ましい一対の人間の姿が刻まれているが、これらは墓標であったものを後に壁に嵌め込んだものと考えられている。内部には、ロマネスクの洗礼盤と聖水盤があるのだが、鍵が開いておらず、心残りとなった。バルセロナのカタルーニャ美術館には、この教会にあった、13世紀の木製に金泥を施した彩色の祭壇がある。

写真、文章の無断転載©を禁じます。時代や固有名詞等の誤りに関してのご指摘等歓迎、美術史家でも建築史家でもありませんので、思い込みありをお許しください。岩越 和紀