理事長 勝峰 昭のコラム: 第八回「ロマネスクと現代の彫刻」

 数年前、フランスの大聖堂を数か所巡った。その中のひとつ、シャルトル大聖堂では玄関傍の何本かの脇柱に、頭と脚を同時に上下に引っ張られたように長く伸びきった聖人の石像が円柱の柱身に貼り付けられていた(写真1)。

 

 もちろんロマネスク彫刻は、人体の比例配分や均衡などに拘泥しない。細長い円柱の表面を空白にするのを嫌って、工夫したのである。イスパニアの地ナバラのサングエサの街道に面したラ・レアル聖母教会の玄関脇柱に、シャルトルと同じ手法で制作された三人のマリア像が、やや細めの円柱に張り付けられている(写真2)。これは間違いなくシャルトルから伝播されたものである。

    

写真1 シャルトルのノートルダム大聖堂  撮影:Keiko Katori
写真1 シャルトルのノートルダム大聖堂  撮影:Keiko Katori
写真2 サンタ・マリア・ラ・レアル教会(サングエサ、ナバラ) ”Guía del ROMÁNICO en España"より
写真2 サンタ・マリア・ラ・レアル教会(サングエサ、ナバラ) ”Guía del ROMÁNICO en España"より

 

こういった人像は当然のことながら浅浮彫とはいわず、三次元に近い深浮彫である。また円柱と人像を一本の大きな同じ石から同時に彫りあげたものではなく、人像を貼り付けたもので正しくロマネスク彫刻の一つの造形である。

 

さて、先日神田の古書市でH.リード著、宇佐美英治訳『彫刻とはなにか』(日貿出版社、1980年初版)を買い求めた。この方の翻訳は秀逸で読みやすい。その中に興味深い話が載っていたので、私なりに消化して少々お話ししよう:

 

リードは「ロマネスクの聖堂の独自性は、具象的な彫刻と幾何学的なハーモニーをもった無装飾な壁の表面との間に完全なバランスが樹立され保たれていること、すなわち図示と抽象との間の相互作用の確立にある」という。

私の手持ちの彼の著書『芸術の意味』(みすず書房)と『今日の芸術』(新潮社)などにも、表現は違うがこのようなことを確か述べていたように思う。

 

写真3 『彫刻とはなにか』より
写真3 『彫刻とはなにか』より

20世紀の彫刻界の巨匠ヘンリー・ムーアの作品の一つで、ロンドンの<タイムライフビル>の壁に、大きな抽象彫刻がある(写真3)。このように建物の壁に石にあたかも刻んだ彫刻物を吊している様に見える造作は、既述のようにロマネスク美術時代の彫刻家が1000年も前に実際に行ってきたことである。

 

ムーアの意図は、構造上の無装飾な表面のモニュメンタルな効果を減殺することなく、正しい位置にその図柄を掲げることであった。彼は彫刻物を壁の上に張り付けることによってではなく、壁の中へ彫り込むことによってより大きな効果を達成したのだ。しかも光が作品を通して見えるように吹きとおしにし、第二の面になる感じを避けた。彫刻は主要な建築的な面の中に宙吊りにされ、こうして完全に一体化されたのである。大要 このようにリードは語っている。

 

私はこのヘンリー・ムーアの作品を、現役時代に毎日会社の玄関で見慣れ親しんできたので、この本を斜め読みしているうちに、ちょっと気になってこの写真に眼がとまったのだ。それにしても彼の抽象彫刻は魅力的である。

アートの世界は時代、空間また手法は違っても、どこかで同じ効果を与えながら繋がっているのは興味深いことだ。